『人は革といかにして生きていくか―革を癒し育てる事と、自身を救うこと』
ある人は成人して社会に踏み込み、荒波に揉まれながら懸命に生きる年月の中で、これでいいのか、この生き方でいいのか、と己に問う時期を迎えます。その頃、彼の手元にはかつては無かった「大人の持つ物」レザーアイテムがあり、革という自然と人間の共同作品に向かい合う事で癒しと救いを得、行き詰まった人生を打開するヒントを得るかも知れません。本稿では自分の身体同様に気を配り、メンテナンスを心がける必要がある革との付き合い方を追い、なぜ敢えて革と生きるか、その意味も合わせて考えてみたいと思います。
1.理想のエイジングとは
20代の若い頃、筆者の生活の中には「革」製品はほとんどなく、布製の鞄や化学繊維の衣類に対しては特にメンテナンスが必要という概念を持たずに過ごしていました。そんな 筆者は民族音楽の趣味でバイオリン(その世界ではフィドルと呼びます)を弾いているのですが、新品の標準的な国産楽器が、年々使ううちに肌合いが変わり、音色も深いものに変化していく事には気づいていました。伐採されて死んだはずの木が、「経年劣化」ではなく「経年変化」していくという不思議な現象。建築デザインの世界でも「エイジング」即ち「経年変化」を考える事が重要になってきているといいます。理想のエイジングとは、時間の経過とともに、作られた当初とは異なる新たな価値が生じる状態。それは朽ちる事ではなく、逆に新たに育つ事なのだと。人生もまた、年齢を重ねて老い、ただ衰えていくのだとかつては考えていたが、そうではないのかも知れない。そのような想いとともに経年変化について調べる中で、「革」という製品もまた、「エイジング」という思想に支えられこの世界にある事を知ったのでした。
2.革を生かし、変えていくその方法
革を「経年劣化」ではなく「経年変化」させ、理想のエイジングを施していくには、どうすればいいのでしょうか。
植物系タンニンなめしを施された革は、特に二つの大きな弱点を、日常的な生活場面に抱えています。それが乾燥であり、雨です。
革は人間の肌と同じく適度な保湿が必要で、乾燥が続けばひび割れや破れの原因になります。期間的な目安は2ヶ月に一度。けれども潤いが足りないな、と思った時がケアのタイミングとも言えます。また雨は、水滴の跡が乾いた後に水染みになって残るという、革の厄介な敵でもあります。それぞれのトラブルへの対処を考えていきましょう。
まず乾燥に対するケアに必要なのは、
①.革専用保湿クリーム(オイル)
②.クリーム塗布用の布
③.乾拭き用の布
④.ブラシ
の4点。
まずはブラシで優しく表面や各隙間のホコリを取り除き、クリーニングします。
次に、塗布用の布に少量のクリームをつけ、革の全体に薄く均等に伸ばすように塗りこんでいきます。この時、クリームを一箇所に塗りすぎるとシミになる怖れがあるので、すばやく広げていくのがコツです。
クリームが全体に行き渡れば、成分が浸透するまで直射日光の当たらない所に置き、つかず離れず見守りながら待つのみです。
1時間ほどたったら、乾拭き用の布で全体を拭き、完成となります。

布はタオルのようなファスナーに引っかかる怖れのあるものは避け、綿のような天然素材のものを。ブラシは、柔らかい獣毛が使われたものが最適です。
クリームは、植物由来のラナパー(写真)、動物由来のミンクオイルなどがあります。ラナパーは特にタンニンなめしの革との相性がよく、不動の支持を誇るドイツ伝統の革専用オイルです。ミンクオイルはより優れた革への浸透性を持ち、スムーズに保湿を促す上級者向け・厚めの革向けの逸品です。また通常のクリーム以外に繊細な革に対応したデリケートクリームがあり、通常と違い艶出しの効果は低いながら、塗布後のベタ付きがなくシミになりにくい特徴を持ちます。

ちなみに、クリームはホコリ以外の大抵の汚れも落とし、多少のキズでさえも目立たなくするなど様々な能力を併せ持ちますが、よりしつこい汚れには、専用の水性クリーナーが活躍しますし、以外と消しゴムで落ちる汚れも多いので、裏技のツールとして用意しておくといいでしょう。
雨垂れに対しては、水滴跡が乾かないうちに水を絞った布で、水分を全体に馴染ませるように拭いていきます。その後乾いたタオルで叩くように水気を取って陰干しすれば完了。化学繊維であれば考えられない手間ですが、革専用の防水スプレーも出ているので、
うっかりケア忘れが心配な人には一考の価値ありだと思います。

とはいえ、長年使ううちに落せない汚れ、消せないキズやシミというものが出てくるでしょう。そういうものはもはや「運命」というか、味わいとして受け入れていくのも、自分の身体同様に革をとらえ、共に生きていく心得なのではないか、と思います。
3.革と人生は、共に奥深く変化する
手間のかかるタンニンなめし革へのこだわりで知られる『Herz』では「お客様に届けられた鞄は全て未完成品だ」といいます。メーカーが作れるのは製品の80%までで、あとの20%を完成させるのはお客様自身であると。
使い手の存在あって、はじめて生きるという革製品。自分の人生という時間の中で、確かに育ち変化していく革の姿に、人は自らの姿を見、自らを肯定して尚も生きていく事ができるのかも知れません。
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